Micや配線の存在が消え始めて来ました。

 

この数日間書かせていただいています、新たな試作品への拘った考え方の投入は、間違っていなかったようです。

 

昨日組み上げ、慣らし運転もしないままの試聴では、予想はしてはいたものの、散々な音を聴いてしまいました。(#^^#)

 

その後は、一晩中通電し、今朝からの試聴にのぞませていただきました。

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お陰様で、本日の夕方頃からはPA機材のMicや配線等の録音機材の存在が無いかのように聞こえ始めて来ました。

 

その出音は、本当にナチュラルで、其処には血の通ったボーカリストが佇み、人間の肉が持つ質感と血の通った熱いハートが籠っているように感じました。

そして、その音を聴いていた私を、決して大きくはない録音スタジオの空間へと、招待してくれたかのようでした。

 

本当にあたりまえの事なのですが、右からの音は右から聴こえ、左からの音は左から聴こえ、近い音は前面に、遠い音は奥から聴こえる。

ドラムのソロ・パートなどでは、そのミュージシャンが出したい音を出すための、皮の張り具合まで再現され始めました。

激しい音は激しく、優しい音は優しく、一発撮りはLiveのグルーブを乗せ、多重録音はその緻密さを再現する。

 

「だから調整なんだろ!」と言われても、調整で失われた音楽としてのハートが蘇るのならば、私は此処まで拘りはいたしません。

 

『音質で目指すものは、当然PA機材を通していないのかと錯覚させる音!』

『音楽情報は、当然!録音されている音の全てを再現させる事!』

『そして、ミュージシャンの熱い血とハートが楽曲で再現される事!』

 

『最期に、Car Audioを通して楽曲を聴いた誰しもが、演奏されたその場にいるかのような錯覚を覚える音であるのならば、

私の電源への拘りはキッパリと終える事が出来るものと、思っております。』

 

『それでは、後少し、後少しだけ粘ってみます。m(__)m』